宗 派  天台法華円宗

 寺院名  丘林山 浄土院 華藏寺

 本 尊  釈迦牟尼如来、文殊菩薩、普賢菩薩

       他に、不動明王像、元三大師掛軸、

       四天王像が祀られている。

 住   群馬県伊勢崎市華蔵寺町6-1

 

当山は、第五十六代清和天皇の時代、貞観14年(872年)、玉体安穏の発願により、鎮護国家の道場として、比叡山第五世天台座主「智證大師円珍上人」が東国巡錫の折りこの地を選び伽藍を創建し、『丘林山浄土院華蔵寺』と号した古刹大寺である。本尊は釈迦牟尼如来、脇侍は文殊菩薩、普賢菩薩の釈迦三尊(伝運慶作)である。

 

創建当時は現在地より一町ほど東方であったと言われる。その後、300年にわたり荒廃した寺を、文治年間(1185~1190)世良田山長楽寺の栄朝禅師に願って寺院を修復し、建久年間(1190~1199)には寺観を一新した。よって栄朝禅師を中興の師と仰ぐ。

 

また一時期、台密と禅の兼宗であったのを、寛永年間(1624~1644)に至り、了翁和尚が天台宗に改めた。しかし天保5年回録の災いに遭い焼失、同8年当山第三十八世天心祐淳和尚の代に再建された。現在の本堂はこのときのものである。この祐淳和尚の師匠である、祐仙和尚の「祐」を引き継ぎ現住職まで続いている系列を祐仙系法類会と呼び、現在その会員は県外も含め100人を超えている。 

 

昭和4年、浅草寺貫主大森亮順大僧正の開眼法要により、浅草寺の聖観世音菩薩のご分身が安置し、毎月1718日を縁日とする。また、お不動様の縁日(28日)には、護摩祈願も行っている。 

 

堂内外陣の欄間に刻まれている二十五菩薩や十六羅漢は再建当時のままである。襖絵の水墨画は、中国の画家「傅益瑶」(フー・イー・ヤオ)当時42歳の作である。

 

前庭の「金木犀」は、樹齢400年。秋の開花期には、その香りが一里四方に及ぶといわれた。近県ではまれなる老樹であり、昭和126月、文部省より国の天然記念物に指定されるが、昭和41年9月の台風により倒伏し、昔日の面影はない。 

 

寺院名のごとく華の蔵を思わせる四季の花、桜・つつ・萩は、寺の庭園と共に名所としてその名高く、浪漫の旅人もきびすを接し、この勝景を訪ねる者も多い。